求人票の労働条件と異なる労働契約の成否
株式会社佐々木総研
人事労務今回、紹介する判例の特徴です。
求人票記載の条件に基づき労働者が会社との間で締結した労働契約は、求人票に記載されている期間の定めのない契約である等とした地裁判決です。
■介護事業会社S社事件 京都地裁 平成29年3月30日判決
【事件の概要】
障がい児童に対する放課後デイサービス事業を営む会社S社代表者Kは、できるだけ多くの人が求人に応募するように募集要領を記載するよう指示していた。
その際の記載内容は、正社員・契約期間の定めなし・定年制なしとなっていた。しかし、実際の契約内容は契約時にあらためて決めればよいと考えていた。
そして、採用されたHは、初月のH26年2月は業務があまりないことから、パートタイム勤務とすることとし、Hもこれに応じた。
同年3月1日からの労働条件については、契約期間を1年間とする有期契約とし、また、65歳の定年制とすることとし、労働条件通知書を提示して説明した。
その後、事業所で就業していたが、同月18日に交通事故に遭い、休職した後、同年7月から徐々に復職したが、Kの対応等に不満を抱き、平成27年1月に労働組合に相談した際、労働組合の指摘により、Hの労働契約が有期契約であることや定年制とされていることを認識した。一方、S社は、同年2月末日限りで本件労働契約が終了したものとして取り扱った。
S社に雇用されたHが雇止めをされたところ、会社との間で締結した労働契約は、求人票記載の条件に基づき、期間の定めのない契約であり、会社から受けた雇止めないし解雇は無効である等と主張し、本判決はこれを認めた。
【判断】
・ 求人票は、求人者が労働条件を明示したうえで求職者の雇用契約締結の申込を誘引するもので、求職者は当該労働条件が雇用契約の内容となることを前提に労働契約の申込みをするものであるから、求人票記載の労働条件は、当業者間において別段の合意をする等の特段の事業のない限り、雇用契約の内容となる。
・ 本件労働者は、ハローワークで本件求人票を閲覧した後、会社から本件求人票記載の労働条件とは異なる旨の話がないまま採用通知を受けているから、Hと会社との間の本件労働契約は、求人票記載の労働条件を内容とする契約として成立したものと認められる。
・ 当初契約の始期とされた平成26年2月のHの就業状況がパートタイム勤務となったからといって、当初の労働契約内容が上記のものであることを否定できず、せいぜい契約の始期を平成29年3月1日とする旨に変更されたと認め得るにとどまる。
・ 有期労働契約とし定年制を記載した本件労働条件通知書を提示され、承諾の署名押印をしているが、会社が求人票と異なる労働条件とする旨やその理由を明らかにして説明したとは認められず、また、すでに従前の就業先を退職してS社での就労を開始している等の事情からすると、Hの署名押印行為は自由意志に基づくものとは認められず、それによる労働条件の変更にHの同意があったとは認められない。
【ポイント】
・ 本件についてみると、労働契約が期間の定めのあるものか否かは、契約の安定性に大きな相違があることから、賃金同様に重要な労働条件であるといえます。
・ また、定年制の有無及びその年齢も、契約締結当時64歳の原告の場合には、賃金同様に重要であるといえます。そして、期間の定め及び定年制のない労働契約を、1年の有期契約で、定年65歳を定年とする労働契約に変更することには、原告の不利益が重大であると認められます。
・ 以上の点から、求人をかける際は、どんな労働条件で働いてもらうかを確定してから求人票を作成していきましょう。特に、「無期契約なのか有期契約なのか」また「定年の有無と定年がある場合は何歳までなのか」は、安定を求める求職者にとっては大事な判断基準となります。
・ 求人票は、思わぬ法的なトラブルだけでなく、企業のブランドイメージの毀損、そしてモラルに関わる問題を引き起こす可能性があります。
・ 万が一、求人票の記載内容と違う内容で採用することとなった場合は、内定の際に当初の労働条件と変更された労働条件を対照できる説明文書を書面で交付してください。
交付する際には直接面談した上で変更の理由を説明し、本人の承諾を得ることが必要です。くれぐれも入社してから、変更となった内容を労働条件通知書で説明するこということのないようにしてください。
日々の業務で忙しい中、手間と感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、ここで手間を惜しんだ結果として入社後にトラブルが発生してしまえば、この手間以上に時間がかかってしまいます。
そうならないためにも、求人票の作成や求職者とのコミュニケーションを慎重に行っていきましょう。
人事労務課
著者紹介
- 人事コンサルティング部 人事コンサル課
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