接遇レッスン~ユマニチュードと接遇を考える~

長 幸美

医療介護あれこれ

2024年になり、接遇関係のご相談が増えているように思います。具体的に言うと、病院・診療所ともに、これまでの倍以上の相談が来ています。新型コロナ禍以降、何となく増えたなあ・・・と思っていましたが、今年に入り、「具体的に相談したい」「研修をしてほしい」とより積極的な依頼が増えています。

その相談内容を見ていると、医療接遇とともに、認知症ケアの一つの考え方である「ユマニチュード」を取り入れることにより、医療接遇の向上ができるのではないかと考えました。今日はこの「ユマニチュード」について少し話をしてみたいと思います。

医療接遇とは・・・

医療接遇は、患者さんやそのご家族との信頼関係を築き、安心して医療を受けていただくツールとして必要・・・接遇の良し悪しは医療機関のサービス品質を向上させるためにとても重要です。また、接遇を良くすることで患者とのコミュニケーションを円滑にし、ミスや誤解を防ぎ、医療現場の効率化にもつながります。

医療接遇の目的は?

医療接遇の目的は、患者さんが安心して医療を受けられる環境を提供することでもあります

医療機関を利用する方々は、身体的に・精神的にダメージを受け、健康に不安を抱えています。
今後の生活どうなるのか、不安を抱えているケースが多いのではないでしょうか?
「悪い病気ではないのか」「治るのか」「費用はどのくらいかかるのか」「入院するのだろうか」「手術をするのだろうか」「これまで通りに仕事はできるのだろうか」「収入は?」「子供たちの生活はどうなるのだろうか?」・・・etc. つまり、ネガティブモードに突入されているのです。

だからこそ、その方に寄り添う応対が必要になってきます。

ユマニチュードとは・・・

近年、接遇を向上させるために「ユマニチュード」が注目されています。ユマニチュードとは、フランス語で「人間らしさを取り戻す」という意味の造語で、認知症のケア技法として提唱されているものです。ユマニチュードでは、人間らしい応対を重視し、ケアを受ける方の尊厳と個人のらしさを大切にし、相手を大切に思っているという気持ちを伝えることで、ポジティブな関係を構築することを目指しています。

具体的には、「見る」「話す」「触れる」「立つ」という4つの柱に基づいており、患者に寄り添ったケアを実現します。4つの柱を簡単に見ていきましょう。

①見る

「見る」とは、相手の存在を尊重する基本的なコミュニケーションです。
患者さんと目を合わせ、穏やかな表情で接することで、安心感を与えることができます。
「見る」ことで「あなたを大切に思っています」というメッセージを伝えます。その反対で「見ない」ことは「あなたは存在していない」というメッセージになってしまいます。

そのために、留意する点があります。
 ・同じ目の高さでみること(平等な存在であるという意味があります)
 ・近くから見ること(親しい関係であることを伝えます)
 ・正面から見ること(あなたに対して正直に真摯に応対しますということを伝えます)

②話す

「話す」ことは、ただ情報を伝えるだけでなく、温かみのある言葉や声のトーンを通じて、患者の心を開かせる効果があります。
優しさを届けるためには、ケアの場に言葉をたくさんかけていく工夫が必要です。相手の考えを遮らないための「沈黙」は必要ですが、無言でケアをすることは「あなたの存在を認めない・存在していない」という否定的なメッセージになってしまいますので、注意が必要です。

 ・低めの声で話すこと(落ち着いた、安定した関係の実現を意味します)
 ・大きすぎない声量で(穏やかな状況・関係の実現を意味します)
 ・前向きな言葉を選ぶ(居心地よい状態の実現を意味します)
 ・相手から返事がなくても無言にならない(心地よい時間を共有していることを意味します)

③触れる

「触れる」は身体的な接触を通じて、相手に安心感や信頼感を伝える方法です。特に高齢者や不安を感じている患者には、やさしく手を包み込むように握る、肩や背中をなでる、などの触れ方が効果的です。

 ・広い面積で触れる
 ・掴まない
 ・ゆっくりと手を動かす
 ・背中や肩などから触れ、手や顔など敏感な場所にいきなり触れない

留意点としては、「掴む」という行為は自由を奪うことを意味しますので、認知症行動心理症状(妄想・徘徊・ケアへの抵抗など)のきっかけになります。

※「見る」「話す」「触れる」は、できるだけ同時に行うのがよいとされています。

④立つ

「立つ」ことは、患者が自分で体を動かす力を尊重し、リハビリや自立を促す重要なサポートの一環です。ユマニチュードでは、「一日20分立つ時間を作れば、寝たきりにならずに立つ機能を維持できる」とされています。

 ・骨粗しょう症の予防
 ・筋力維持
 ・循環状態の改善
 ・肺の容積を増やす

自分の意思で動くことができることで、患者の心理的負担を軽減し、自分自身の状況も肯定的に受け取ることができるようになり、治療に対する積極的な態度を引き出すことが期待されます。
例えば、緊張している患者に対して、医療スタッフがまず笑顔で目を合わせ、やさしく声をかけるだけで、患者の不安が軽減されることが多くあります。また、適切な身体的接触は、言葉では伝えられない安心感を与え、患者との信頼関係を深めるのに効果的です。

ユマニチュード導入の具体例

ユマニチュードは、単なる技術ではなく、相手を尊重する姿勢そのものを体現しています。この考え方を医療接遇に取り入れることで、患者に寄り添い、心地よい医療体験を提供することが可能となるのです。ここで、具体的な事例を見てみましょう!

事例1:認知症患者へのケア

ある病院で、認知症を患っている高齢の女性患者(A子さん)の事例です。日常的に看護師とのコミュニケーションに抵抗を示し、暴力的な行動(噛みつく、叩くなど)を取ることがありました。すぐに忘れてしまうので、同じことを繰り返し聞いたり、攻撃的なことや被害妄想的なことを言ったり、従来の対応では患者がさらに不安を感じ、医療ケアの進行が困難でした。

そこで、看護師はユマニチュードを実践することを決め、「見る」「話す」「触れる」を中心にアプローチしました。まず、A子さんが落ち着いて話を聞けるよう、目線を合わせることから始め、優しい表情を保ち続けました。その後、ゆっくりとした口調で話しかけ、安心感を与えるために声を穏やかに保ちました。また、A子さんが不安そうにした際には、看護師は手を優しく握り、「大丈夫です、ゆっくり進めましょう」と言葉を添えました。結果として、A子さんは次第に落ち着き、暴力的な行動が減少しました。その後の治療やケアもスムーズに進むようになり、A子さんとの信頼関係が大きく改善しました。

事例2:術後の不安を抱える若年患者

ある外科手術を終えた若い男性患者(B男さん)です。手術後の痛みと回復に対する不安から、医療スタッフに対して心を閉ざしがちでした。話しかけても短く答えるだけで、回復に必要なリハビリも拒否していました。このケースでは、医療スタッフが「立つ」ことを含むユマニチュードを活用しました。まずB男さんのそばに寄り、目線を合わせて優しく「大変だったね。少しずつ頑張っていこう」と声をかけ、回復のサポートを約束しました。その後、医師がゆっくりと腕に手を添え、リハビリを少しずつ始めることを提案しました。無理強いせず、B男さんが自分のペースで立ち上がり、歩くことに挑戦できるようサポートしました。このアプローチにより、患者は次第に前向きな姿勢を取り戻し、回復過程において積極的に参加するようになりました。

事例3:終末期の患者へのケア

末期のがんを患う40代の女性患者(C美さん)がいました。病状が進行し、身体的な苦痛に加え、精神的な不安や孤独感が強まっており、医療スタッフや家族とのコミュニケーションを避けるようになっていました。話しかけても反応が少なく、無表情でベッドの天井を見つめるだけの日々が続いていました。看護師たちは、ユマニチュードの「見る」「話す」「触れる」を使って、患者の終末期ケアに取り組みました。看護師はC美さんのそばに座り、まずは静かに目を見て微笑みかけました。このとき、無理に言葉をかけず、ただ穏やかな表情でC美さんと目を合わせることを心がけました。C美さんが次第に目を合わせるようになると、看護師はやさしい声で「ここにいますよ。何かお話しされたいことがあれば、いつでもどうぞ」と声をかけました。

また、看護師はC美さんの手をそっと握り、軽く撫でるなどの触覚的なコミュニケーションを行いました。この身体的な接触を通じて、C美さんに「一人ではない」というメッセージを伝えることを意図していました。最初は無反応でしたが、数日経つうちに、看護師の手を自分から握り返すことが増えました。それと同時に、少しずつではありますが、自分の気持ちを口にし始め、看護師との対話が増えました。痛みや不安(死の恐怖、子どもたちのことなど)について話し、看護師もそれに共感しつつ、傾聴し、時折ご家族とも一緒に時間を過ごし車いすで散歩の時間楽しまれることもありました。C美さんは一時帰宅を希望され、最後の時間は、精神的に安らぎを感じる時間となり、家族とも落ち着いた気持ちで過ごすことができたと言います。

この事例は、終末期の患者に対してユマニチュードの「見る」「話す」「触れる」が、身体的なケアだけでなく、精神的なサポートとしても有効であることを示しています。患者の尊厳を守りながら、孤独や不安を和らげることができ、患者が最期を安心して迎えられるようにサポートする大切さが際立つ事例です。

まとめ

皆さん如何でしょうか?
医療接遇の目的は、患者さんが安心して医療を受けられる環境を提供すること、と始めに申し上げました。患者さんによっては、なかなかコミュニケーションがうまくいかなくてイライラしてしまうことやがっかりしてしまうこともあると思います。そのような時に、「ユマニチュード」に則った対応をすることで患者さんの抵抗感が薄れ、より効率的な医療を受ける環境を作るための突破口になるかもしれません。

次回、ユマニチュード実践のための5STEPについてお話ししたいと思います。

<参考資料> 令和6年10月6日確認
ユマニチュード学会

2024年10月7日

著者紹介

長 幸美
医業経営コンサルティング部 医業コンサル課 シニアコンサルタント

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