パワハラの有無と従業員の自殺予見可能性

白石 愛理

人事労務

 

10月10日~10月16日は、精神保健普及週間です。

今回は精神保健に関連のある判例を紹介します。

 

今回紹介する判例の特徴です。

女性従業員が、先輩従業員2名からいじめを受けて自殺したとして、損害賠償を請求し認められた事案。

 

■仲卸会社K損害賠償請求 平成29年11月30日判決 名古屋高裁

 

【事件の概要】

青果物の仲卸を営むK社に雇用されていた女性従業員Aが、

①先輩従業員2名(B、C)から長期に渡り、いじめ・パワーハラスメントを受け、②K社が上記①の事態を放置、かつ不十分な引継ぎのまま他部署への配置転換を行い、Aに過重業務を負わせ、③上記①、②の結果、Aはうつ病になり、自殺した

として、Aの父母がB、C及び、K社に損害賠償を請求した事案。

 

争点は、

(1)先輩従業員B、Cの不法行為に該当する行為の有無・過失相殺の可否

(2)K社の損害賠償責任の有無

(3)K社らの行為と従業員の自殺の相当因果関係の有無

(4)損害額

の4点となっている。

 

【判断】

争点

(1)B、CのAに対する行為

程度の差はあれどB、Cの叱責行為は、その態様、頻度等に照らしてどちらも社会通念上許容される業務上の指示の範囲を超えて、Aに精神的苦痛を与えるものであり、不法行為に該当すると判断された。

Bは、Aに自殺親和性が極めて高かったため、過失相殺がなされるべきであると主張したが、控訴審はこれを棄却している。

 

(2)K社の損害賠償責任の有無

控訴審は、K社はB、Cの注意・叱責行為を制止・改善するように指導する義務があり、K社がこれを怠ったと判断した。

さらに、K社には、配置転換後のAの業務負担等を確認し、状況に応じてAの業務内容等の見直しをする義務があるとした上で、業務実施上の支援が必要な状況であったAに対し実情の把握に努めたことは窺えなかったため、K社がこれを怠ったことは上記義務違反に該当すると認めた。

そのうえで、K社は上記義務違反により不法行為責任及び債務不履行(安全配慮義務違反)責任を負い、また、B及びCの不法行為について使用者責任(民法715条)を負うと判示した。

 

(3)K社らの行為とAの自殺との相当因果関係の有無

控訴審は、Aが身なりを構わなくなったこと、Aが注意・叱責を受けても業務上のミスが減らなかったこと等の報告から、Aが遅くとも平成24年6月中旬には、うつ病を発症していたと認定した。

K社の不法行為責任(使用者責任を含む)によるAの心理的負荷は、社会通念上、客観的に見てうつ病という精神障害を発症させる程度に過重なものであったと評価でき、また、K社の不法行為(使用者責任を含む)とAの自殺との間には、相当因果関係があると認めるのが相当であるとした。

K社は、Aの自殺について予見可能性がなかった旨を主張したが、控訴審は、「精神障害等の労災認定に係る専門検討会報告書」等、複数の報告書が出されていることを指摘した。その上で、K社を含む使用者は、「平成24年当時、仕事の負担が急に増えたり、職場でサポートが得られないといった事由から、労働者がうつ病になり、自殺に至る場合もあり得ることを認識できたのであるから、うつ病発症の原因となる事実ないし状況を認識し、あるいは容易に認識することができた場合には、労働者が業務上の原因で自殺することを予見することが可能であったというべきである」と判示した。

したがって、K社がBおよびCによる違法な注意・叱責とこれについて適切な対応を取らなかったこと、Aの業務内容の見直しをすべき義務があったのにこれをしなかったという事をK社は認識し、あるいは容易に認識できるものであったから、K社にはAの自殺について予見可能性があったと認定した。

 

(4)損害額について

控訴審は、Aの逸失利益・慰謝料・葬祭料・A父母の慰謝料請求を認め、損益相殺を行い、弁護士費用を加えて損害額を認定した。(A父:約3190万円、A母:約2384万円)

 

【ポイント】

控訴審は、自殺についての予見可能性については、「うつ病発症の原因となる事実ないし状況」の認識・認識可能性から、直接に、「労働者が業務上の原因で自殺すること」の予見可能性を導いており、実務上は重要な点である、Aがうつ病を発症していたことの認識・認識可能性については、予見可能性の成否に影響しないと位置付けています。

つまり、社内にうつ病発症の原因があるかどうかが大切であり、生前に病院に掛かり、うつ病であるとの診断等はそれほど重要視されないと判断されました。

 

本件の判決は、精神疾患の原因となる事実ないし状況の発生を防止・解消する使用者の責任を重視する近年の流れに沿うものです。今後もこういった判決が出される可能性が現状であること、ひいては、企業のメンタルヘルス対策がメンタル疾患を発症した旨を申し出てきた労働者だけを対象とすることでは不十分であることを、使用者として留意しておく必要があります。

 

人事労務課

著者紹介

白石 愛理
人事コンサルティング部 労務コンサル課

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