年次有給休暇の時季変更権の行使について

白石 愛理

人事労務

10月は、年次有給休暇取得促進期間ですので、年次有給休暇取得にまつわる判例をご紹介します。

 

今回、紹介する判例の特徴です。

労働者が約1ヶ月の長期連続の年次有給休暇の時季指定をしたのに対し、使用者が休暇の後半部分について行った時季変更権の行使が適法とされた最高裁判決です。

 

■Y社事件 平成4年6月23日 最高裁三小

 

【事件の概要】
労働者X(ニュースを主たる業とする通信社Y社に勤務。課に1人の配属)が、Y社の部長Bに口頭で、約1ヶ月間の年次有給休暇の時季指定をした。部長Bは、Xに対し、課に所属している記者はX1人であり、1ヶ月間、専門記者が不在では業務に支障を来し、かつ代替要員を配置する余裕もないとして、2週間ずつ2回に分け休暇取得するよう要請した。そのうえで、Y社はXに対し、前半2週間の休暇を認めたが、後半2週間の期間について、時季変更権を行使した。
その後、Xの所属する労働組合とY社との間で団体交渉が行われたが、妥協点は見つからず、Xは、Y社の時季変更権を無視し、約1か月間就労しなかった。
Y社は、Xが時季変更権を行使された後半の2週間のうち、所定就労10日間について業務命令に反して就労しなかったとして、譴責の懲戒処分とし、冬季賞与について、10日間の欠勤を理由に約5万円減額した。Xは、譴責処分の無効と賞与減額分の支払いを求めて訴訟を提起。

 

【結論】
破棄差し戻し(時季変更権を有効として、譴責の懲戒処分と賞与減額を正当とした)

 

【判断】
有給休暇取得についての時季変更権の行使には4つのポイントがある。
年次有給休暇は、労働者の時季指定により成立し、就労義務が消滅する。
時季変更権の行使に当たっては、できる限り労働者が指定した時期に休暇を取得できるよう、状況に応じた配慮をすることが要請されている。
「使用者が配慮しても、代替要員を確保することが困難である」等の客観的な事情があり、事業の正常な運営を妨げる場合、使用者は時季変更権を行使できる。
長期かつ連続の年次有給休暇については、労使の事前の調整が必要であり、この調整を経ることなく労働者が時季指定をした場合は、これに対する使用者の時季変更権の行使に裁量が認められる。ただし、この裁量が不合理であると認められる場合には、時季変更権の行使は違法となる。

本件については、
(1)Xの所属する課の取材活動、記事の執筆には、ある程度の専門的知識が必要であり、X自身も相当の専門的知識、経験を有していたため、同じ部の中からXの担当職務を支障なく代替できる勤務者を見出し、長期に渡って確保することは困難であること。
(2)Xの単独配置は、Y社の企業経営上やむを得ないものであり、部内の他の記者も単独配置や兼務が行われていたため、年次有給休暇取得の観点のみから、Xの単独配置を不適切なものとすることはできない。
(3)Xの時季指定した年次有給休暇は、約1ヶ月以上の長期かつ連続したもので、Y社との十分な調整を経ずに指定したものであること。
(4)部長Bは、Xの年次有給休暇取得の時季指定に対し、専門記者の1ヶ月の不在による取材等活動の支障を来す可能性があり、代替要員配置の余裕もないとして、2週間ずつ2回に分けて休暇を取ってほしいとしたうえで、時季指定された年次有給休暇のうち、後半部分についてのみ時季変更権を行使しており、当時の状況の中では、Xに配慮している。

以上を鑑みると、部内において、専門的知識を有するXの職務を支障なく代替できる記者の確保が困難であった当時の状況において、Y社がXの時季指定通りに年次有給休暇を与えることが、「事業の正常な運営を妨げる場合」に該当するとして、その休暇の一部に時季変更権を行使したのは、その裁量的判断が、労働基準法39条の趣旨に反する不合理なものであるとはいえず、同条3項但し書きの要件を満たすものであるから、これを適法なものと解するのが相当である。

 

【ポイント】

①年次有給休暇の取得は、「許可制でも構わない
許可制とすることは、法律の趣旨に抵触するようにも思われますが、結果的に許可すれば、それはプロセスにすぎず、違法とはなりません。違法となるのは、許可しなかった場合で、法的には、時季変更権の行使となり、「事業の正常な運営を妨げる」のか否かが問われます。しかし実務上では、時季指定権あるいは時季変更権の行使として、法的な問題となるケースはほぼありません。問題となるとしても、使用者は権利を行使するのではなく、時季指定権の撤回や他の期日への変更を依頼するだけで、労働者がこれに同意することによって解決します。この場合、時季変更権の行使がなされることはありません。
少人数の人員でやりくりしている事業場の使用者にとっては、いつ年次有給休暇を取得されるかは、意外に深刻な問題のため、届け出制にとどまらず、許可制にしておく必要性は小さくありません。運用上は、結果としてすべてを許可することになるとしても、許可というプロセスに絡めることが大切です。

 

②恒常的な人員不足の場合の時季変更権の行使について
時季変更権はそもそも代替要員の確保が可能である必要があり、恒常的な人員不足から、常に代替要員を確保できない状況では、代替要員の確保に関する配慮を行うべき前提を欠くとされ、時季変更権の行使は正当化されません。必要最小限の人員で長時間労働を行っている職場では、現実的ではなく、時季変更権行使は違法となる可能性が高いため注意が必要です。

 

③長期連続休暇の取得に対するルールを作るべき
長期の連続有給休暇取得は、「事業の正常な運営を妨げる」可能性が高いため、使用者は事前に就業規則等で長期連続での取得に関しては、事前申請の仕組みを規定しておくことが適当でしょう。

 

④年次有給休暇の現実的取得が求められる時代になっている
働き方改革により、年次有給休暇の取得について変更がありました。詳しくは8/22の「コラムdeスタディ」の記事をご覧ください。

 

 

人事労務課

著者紹介

白石 愛理
人事コンサルティング部 労務コンサル課

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