知的障害のある社員へのパワハラ発言
株式会社佐々木総研
人事労務厚生労働省では、職業能力の開発・向上の促進と技能の振興を目指し、11月を「人材開発促進月間」としています。さらに、11月1日~10日は、「障害者人材開発促進旬間」となっています。
「障害者人材開発促進旬間」とは、障害者の職業訓練の受講促進、職業訓練修了後の就職や職場定着を積極的に支援するために、障害者の職業能力開発施策の周知を集中的に実施する期間のことです。
この期間にちなんで今回は、障害のある方の就業に関する判例を紹介します。
今回の判例の特徴は、知的障害のある社員に対する「馬鹿でもできる」等の発言には不法行為が成立し、会社には使用者責任が認められるとされた事件です。
■スーパーI事件 東京地裁 平成29年11月30日判決
【事件の概要】
スーパーを営むI社の男性従業員であるXが、同じ職場(以下、本件店舗)に勤務する女性従業員Yから、暴言・暴行等の虐待行為を受けたとして、①Yに対しては不法行為に基づき、I社に対しては、主位的に、使用者責任および事実関係の調査・再発防止策を講じる②安全配慮義務(事後対応義務)違反に基づき、予備的に障害者の安定した雇用継続を図るべく職場環境の整備を尽くす③安全配慮義務(就労環境整備義務)違反に基づき、損害賠償請求を行った事案である。
本判決は、YがXに対して、仕事ぶりが「幼稚園児以下」である、「馬鹿でもできる」と発言したことを不法行為と認めるとともに、Y社の使用者責任を認め、22万円の限度でI社およびYの損害賠償義務を認めたが、その余のXの請求は棄却した。
【判断】
①Yによる暴言・暴行等の有無
Xは、平成24年8月に障害者就労・生活支援センターLの担当者FおよびXの母に対し、Yから「幼稚園児以下」と言われたことを報告した。そのほか、K店長においても、Yらに事実確認を行った後、注意を行い、Fとの面談の際に、Yの「幼稚園児以下」という発言には頑張ってほしいという気持ちが込められている旨を発言したことが認められる。
また、Xは同年8月Lの留守番電話に「馬鹿でもできるでしょ」と言われた旨の伝言を残したこと、Yは平成21年以降Lの担当者にもXの仕事ぶりについて不満を漏らしていたこと、I社の人財開発部課長代理Oも平成24年時点でYの言動は何とかしなければならないと認識しており、「店長からYに注意させる」と述べていた等が認められる。これらの事実から、YがXに対し「馬鹿でもできるでしょ」と発言したと推認することができる。
したがって、Yは、Xに対し、民法709条に基づき本件不法行為の限度で不法行為責任を負い、I社は民法715条に基づき使用者責任を負う。
②I社の事後対応義務違反の有無
事業主は、障害者に限らず被用者が他の従業員等から暴言・暴行等を受けている疑いのある状況が存在する場合、各企業の置かれている人的、物的設備の現状等を踏まえた事実関係の調査および対処を合理的範囲で行う安全配慮義務を負う。
K店長は、Xが複数回にわたりYから「幼稚園児以下」と言われていた事実を報告されていたにもかかわらず、これを人財開発部に報告しなかったが、Yらに対して事実関係を確認し、Yに注意しているのであるから、合理的な範囲の対処を尽くしていないとはいえない。
Oにおいても、 Lの担当者から相談があったのにこれを上司に報告しなかったが、注意した上でそれでも事態が変わらない場合は、配置転換を行う等の対応を検討していること等から、合理的な範囲の対処を尽くしていない事後対応とはいえない。
よって、事後対応義務違反は認められない。
③I社の就労環境設備義務違反の有無
I社では平成19年から全店舗の店長がサービス介助士の資格を取得することとしており、本店の人財開発部には知的障害者の対応を専門とする者を配置していたこと、本件店舗ではXの知的障害者としての適性を考慮して配属先を決めていたこと、連絡ノートを使ってXの家庭と連絡交換していたこと等が認められる。これらの事実に照らすと、I社が障害者雇用に当たって必要とされる措置を何ら講じなかったとはいえないのであり、就労環境設備義務に違反していたとまではいえない。
【ポイント】
本件は、知的障害のあるXに対する同僚従業員Yの言動の違法性が問題となりました。認定された本件不法行為(「幼稚園児以下」「馬鹿でもできるでしょ」との発言)は、明らかに人格を否定する発言であり、Xを指導する立場にあったYによって複数回にわたってなされていた以上、知的障害者に対する発言でなかったとしても、違法なパワハラと判断されたものと考えられます。
障害者の法定雇用率が障害者雇用促進法によって定められ、障害のある方を雇用される事業所も増えてきたかと思います。障害のある従業員への処遇・配慮の内容や方法を考えることも大切です。しかし、障害のある従業員と同じ職場で働く他の従業員に負担がかかる場面は生じ得るため、これらの従業員への対応やケアも重要となります。
人事労務課
著者紹介
- 人事コンサルティング部 人事コンサル課
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