家族介護中の従業員に対する転居を伴う遠隔地への配置転換命令は無効

白石 愛理

人事労務

厚生労働省では、介護についての理解と認識を深め、地域社会における支え合いの促進を目指し、11月11日を「介護の日」としています。

 

この日にちなんで今回は、家庭内で介護をしている方の配置転換に関する判例を紹介します。

 

今回の判例の特徴は、従業員2名が、配属されていた係の廃止による人員余剰に伴い、兵庫県の姫路工場から茨城県の霞ケ浦工場への配置転換命令を家族の看護、介護を理由に拒否し、配置転換命令の無効と賃金の支払いを求めた高裁判決です。

 

■食品製造会社Y社事件 大阪高裁 平成18年4月14日判決

 

【事件の概要】

A、Kは食品製造会社のY社の姫路工場に勤務していた従業員である。Y社は、経営の効率化による一部署の廃止を理由に、当該部署に勤務していた従業員に対し、霞ヶ浦工場に転勤するか、転勤をせずに退職金および特別退職金を受領して退職するかを選択させた。なおY社では、転勤に対して転勤規定等に従って借上社宅への入居を可能とする等の経済的援助を行っている。

A及びKは、家族の生活上の都合等(Aには、精神病に罹患している妻が、Kには、要介護状態の母がいた)により、当該配置転換命令に応じることができない為、姫路工場留任を希望したが、会社は、霞ヶ浦工場への異動を促し、転勤日以降も姫路工場に赴いた両人に対して入場を拒否し、両人に対する同年7月分の給与からは欠勤控除がなされた。

結果として、当該配置転換命令が無効であり、Y社に当該配置転換命令後の賃金の支払いを命じた。

 

【判断】

争点①(配置転換命令権の有無)

Y社とA、Kの間の雇用契約は勤務場所を限定する雇用契約ではなく、Y社は、配置転換命令権を有したもの認めることができる。

 

争点②(本件配置転換命令の有効性について)

(1)配置転換命令業務上の必要性

A及びKの属していた当該部署の廃止は、企業が、生産・販売体制を経営上の観点から効率的なものを目指して行われたので、その変更は許されないものではない。そして当該部署に所属する労働者の配置転換には、業務上の必要性が認められる。そのため、A及びKに対する配置転換命令には業務上の必要性があったといえる。

 

(2)育児介護休業法との関係

育児介護休業法26条は、就業場所の変更を伴う配置転換について、就業しつつその子の養育又は家族の介護を行うことが困難な労働者に対し、配慮しなければならないと定めている。Kの母は同条の適用を受ける場合に該当する。

また、同条により事業主に求められる配慮は、必ずしも配置の変更をしないことや介護等の負担を軽減するための積極的な措置を講ずることを求めているわけではないが、事業主に対し、配慮をしなければならないと規定する以上、何もしないのは許されない。就業場所の変更により、就業しつつ子の養育又は家族の介護を行うことが困難となる労働者に対しては、できるだけ変更を避け、避けられない場合には、負担が軽減される措置を講ずるべきである。この配慮をしなくても配置転換命令が直ちに違法とはならないが、配慮の有無は権利濫用の判断に影響を与えることができる。

 

(3)本件配置転換命令が権利濫用となるかどうか

Aの妻は、精神病に罹患しており、育児介護休業法26条には適用されないが、日常生活を単身で生活することが困難かつ、配置転換によって症状悪化の危険性があった。さらに、Kの母については、要介護状態の為、育児介護休業法26条が適用されるが、配慮をしていたとは言い難い。

これにより、A及びKは、本件配置転換命令によって受ける不利益が通常甘受すべき程度を著しく超えるものといえる。

そして、Y社は、当該部署の従業員を霞ヶ浦工場へ異動させることを決めたが、廃止時に所属していた者だけが不利益を受けるというのは疑問があり、姫路工場内での他部署への配置転換を行うこともできたはずである。

 

以上によれば、本件配置転換命令は業務上の必要性に基づいてなされたものではあるが、A及びKに対し、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるという特段の事情が認められるため、本件配置転換命令によってA及びKを霞ヶ浦工場へ転勤させることは、Y社の配置転換命令権の濫用にあたる。

 

【ポイント】

本件では、労働者の配置転換には業務上の必要性が認められ、それが不当な動機・目的を持ったものではないとされましたが、労働者の妻や母の介護の必要性により、霞ヶ浦工場への転勤は、会社の配置転換命令権の行使の濫用に当たり、無効であると判断されました。

 

配置転換命令権を行使する際は、

①その配置転換の必要性の程度

②配置転換を避ける可能性の有無

③労働者が受ける不利益の程度

④使用者がなした配慮及びその程度等の諸事情

以上の4点を総合的に検討することが必要となってきます。

 

転居を伴う配置転換を行う事業所様もいらっしゃると思いますので、配置転換命令権を行使する際は、従業員の家庭の事情等も考慮に入れ、本当に配置転換が必要であるか否かを十分に検討するようにしましょう。

 

 

人事労務課

著者紹介

白石 愛理
人事コンサルティング部 労務コンサル課

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