私傷病休職後の復職拒否と休職期間満了による退職

白石 愛理

人事労務

今回紹介する判例の特徴です。

私傷病の為休職していた労働者が、復職可能な状態にもかかわらず、休職期間満了として退職扱いにされたため、地位確認、賃金等の請求を行った事案です。

 

■N陸運事件 名古屋地裁 平成30年1月31日判決

 

【事件の概要】

本件は、トレーラードライバーとしてN社に雇用され、胃がん術後状態の療養を理由にN社から休職命令を出されていたXが、休職期間の満了により退職扱いとされたことに対し、休職期間満了時に復職は可能であり労働契約関係は終了していないと主張して、労働契約上の地位の確認、賃金等の請求をし、認められた事案。

 

【判断】

本件の主な争点としては、休職期間の満了に伴う退職扱いの有効性(Xの治癒の有無)があげられる。

 

〈1〉判断枠組み

N社の就業規則では、「従業員は、……休職事由が消滅したとして復職を申し出る場合……には、医師の治癒証明(診断書)を提出しなければならない。「治癒とは、従来の業務を健康時と同様に通常業務遂行できる程度に回復することを意味する。」(職種限定合意)とされている。

 

〈2〉当てはめ

①B医師の診断書

本件診断書に、B医師の「9月23日以降仕事復帰は可能です」との記載があったため、治癒の判断に当たっては有力な資料となるとした。

②Xの私傷病の内容及び症状・治療の経過

Xの私傷病の内容が胃がんであり、胃がん術後状態の療養および治療への専念が休職事由とされていた。

その上で、

・術後の経過が良好とされていること

・その後、腹部の不快感を訴え再度入院したが、「軽快」を理由に退院したこと

・休職開始から1年後の腫瘍マーカーの検査結果は基準値を上回るものであったこと

・復職予定1カ月前の傷病手当金請求書には、「現在は内服なくとも症状落ち着いている」との記載があること

を認定し、Xの主張、B医師の所見および腫瘍マーカーの数値が必ずしも整合していないが、少なくとも休職開始から1年経過時点では日常生活に支障のない健康状態であったと認定した。

③Xの業務内容やその負担の程度

・Xは、当時満56歳であったが、N社に同様の業務を行う者の中には、満60歳前後の者が5、6名いること

・Xは、30年以上にわたり職業ドライバーとしての経験を有していること

・XとN社の面談において、Xは1日8時間の定時内の勤務であれば問題ない旨の発言

・N社側も健康状態を見ながら段階的な復職を認める方向の発言をしたこと

等を認定し、復職後の業務はXに特段負荷がかかるものではなかったとしている。

④Xの担当医やY社の産業医の意見

B医師は、診断書を作成した時以前でも、Xは仕事および日常生活への復帰が可能であるとの意見を有していたこと、E産業医は、一般的に、胃がんの全摘出後1年も経過すれば、症状が安定し就労が可能との意見を有していたことを認定している。

 

総合評価

本判決は、以上①から④の事情を総合考慮し、Xが復職希望日とした時点ではともかく、遅くとも休職期間の満了日時点では、1日8時間の所定労働時間内に限ってではあるが、私傷病から治癒しており、休職事由は消滅していたものと認めるのが相当である。

 

【ポイント】

治癒の意義

就業規則により、休職期間満了時の取扱いを解雇あるいは退職扱いとする旨を定めており、この定めによって労働契約関係を終了扱いされた労働者が、自らの労働者としての地位の確認を求める際は、休職事由の存否が問題となります。

本判決も判示するように、職種限定合意がある場合は、原則として、「治癒」とは当該限定された職種を従前どおりに遂行できることを意味します。

しかし、裁判例の傾向からすれば、休職前と完全に同等の労務提供ができなかったとしても、一定の配慮や措置の下、復職を認めるものも散見されており、一切の例外を許さないというものではないものと考えられます。

                   

また、本判決は、労働者が提出した診断書の内容に依拠できない際の枠組みを定立し、それに従って「治癒」の有無を判断したもので、休職中の労働者が「治癒」したか否かを判断しなければならない使用者にとって参考となる判決です。

私傷病休職からの復職者がいる場合は、本判決において指摘された要素(医師の診断書、私傷病の内容および症状・治療の経過、業務内容やその負担の程度、担当医や産業医の意見)を客観的・総合的に判断するようにしましょう。

 

人事労務課

著者紹介

白石 愛理
人事コンサルティング部 労務コンサル課

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