労働者代表の選出方法に問題がある労使協定、就業規則変更の有効性

白石 愛理

人事労務

 

今回紹介する判例の紹介です。

本件は、労働基準法施行規則に定める労働者代表者の選出方法を経ない者を代表者とし、変形労働時間制のための労使協定や就業規則変更に同意する意見の有効性の確認を行った事案です。

 

■Y食品会社事件 長崎地裁 平成29年9月14日判決

 

【事件の概要】

・Xら(5名)は、Y社(食品関連会社)と期間の定めのない労働契約を締結している労働者である。

・Y社は「一年単位の変形労働時間制に関する協定書」を労基署に提出していたが、当該協定届に署名押印していたY社管理部係長を選出する投票・挙手等は行われなかった。

・Y社は最低賃金、割増賃金の不足分の支払いにつき、労基署から勧告・指導を受けた。

・この勧告を受け、Y社は、全社員の残業代を清算すれば経営が圧迫されるため、基本給以外で、家族手当を除く手当部分(職務手当、物価手当、外勤手当、運転・精米・倉庫手当)を残業代相当の支給額とし、この残業代に相当する時間を超えた時間外労働については、申請が上がった場合に清算する方法を就業規則に取り入れ、就業規則を変更した。

・上記内容を含む新たな就業規則及び給与規定を変更した届出を労基署に行ったが、その際添付されていた、当該係長の署名押印済み意見書は労働者の挙手による選出を経ていないものであった。

・その後、Y社は従業員に対し、固定残業代手当の名目で金銭を支払った。これに対し、Xらは、労働組合を結成しY社と交渉したが、妥結せず、時間外手当の割増賃金の支払いを求めてY社を提訴した。

 

【判断】

①   1年単位の変形労働時間制の有効性について

Y社が労基署に届け出た「一年単位の変形労働時間制に関する協定届」には、労基法施行規則に示されている所定の手続きにより選出されていない者が労働者代表として署名押印していることから、当該協定が成立したとは認められない。

②   諸手当の固定残業代としての性格の有無

以前は、Xらは基本給に加え、物価手当、外勤手当等の諸手当を受給していたが、旧就業規則、給与規程に記されていた上記諸手当を「固定的な割増賃金として支給する」旨の規定はなかったこと、Y社が労基署より割増賃金の未払い等について勧告・指導を受けた際に、上記諸手当が時間外手当である旨の説明をしていないことからすれば、上記諸手当は、実質的に時間外労働に対する手当として支給されたものということはできない。

③   本件就業規則変更の有効性

本件就業規則変更により、Y社の労働者は、時間外労働が固定残業手当を超える場合には、それまで支給されていた物価手当、現場手当など固定残業手当に変更された金額に相当する賃金を失い、時間外労働が固定残業手当を超えない場合には、時間外労働に対応する割増賃金を失うことになるといえ、労働者の不利益に労働条件を変更するものである。

上記変更につき、Y社は、Xらを含む全従業員から同意を得たと主張するが、上記変更に際して労基署に提出された労働者代表の意見書は、労基法施行規則の所定の手続きによって選出されていない者が、Y社の「労働者の過半数を代表する者」として署名押印したものであり、Xらが上記変更に同意したとの事実を推認できない(したがって当該就業規則変更は無効である。)

④   本件固定残業制度の有効性

本件固定残業制度の規定は、「1カ月の所定労働時間を超えて勤務した従業員に支給する割増賃金のうち、一定金額を固定残業代として支給する。」と定めているだけであり、支給する金額や対応する時間外労働の時間数が明示されていない為、無効である。

⑤   結論

以上より、就業規則変更後に支給されている職務手当及び固定残業手当は、いずれも割増賃金の算定基礎となる。

 

 

【ポイント】

本件で問題となった、1年単位の変形労働時間制、就業規則変更等、労働者代表との協定や労働者代表の意見を労基署に届け出ることが必要な際の労働者代表は、「法に規定する協定等をする者を選出することを明らかにして実施される投票、挙手等の方法による手続きにより選出された者であること」(労基法施行規則6条の2第1項)とされています。

本件のように労働者代表選出手続きに問題があると、労働者代表との労使協定が法的措置の有効要件となっているような場合(1年単位の変形労働時間制等)当該法的措置は直接的に無効となってしまいます。

また、法的措置の有効要件にまではなっていないような場合(就業規則変更等)では、労働者代表の意見徴収及び労基署の手続きの不備があったとしても、当該法的措置が無効になるとは限りません。しかし、選出方法に問題のある労働者代表による変更に同意する旨の意見をもって、各従業員の同意とみなすには無理が出てきます

36協定等で労働者代表の署名押印が必要な事業所は、労働者代表の選出の際は丁寧に行うよう心がけましょう。

 

人事労務課

著者紹介

白石 愛理
人事コンサルティング部 労務コンサル課

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