教えて!保険診療の留意点~新規個別指導の具体事例より~
長 幸美
医療介護あれこれ毎日忙しく診療をされている先生方のところに、突然送られてくる「個別指導」の案内・・・本当にびっくりしますよね。クリニックの場合だと指定されたカルテを印刷して持参しなければならず、困惑されている先生方も、おられます。今回は、新規個別指導の事例を紹介しつつ、「個別指導」への対策等のお話しをしたいと思います。
目次
指導・監査等はなぜ行われるのか?
医療機関は、医療法に則って病院や診療所を開設し、健康保険法等に則って「保険医療機関」の指定を受け、保険診療を行います。診療を行う先生方は、医師の国家試験を合格して医師免許を取得したのちに「保険医」の指定を受けます。つまり、「保険医療機関」も「保険医」も自動的に指定されるわけではなく、保険医療機関及び保険医の指定申請を行った後に、指定をされるという仕組みになっています。
この「保険医療機関及び保険医」の指定を受ける際には、「保険診療」に対して理解していることが前提になります。この基本的ルールが「保険医療機関及び保険医療養担当規則」です。健康保険法等に定められている規則ですので、当然守らなければならないものになります。
このため、健康保険法等には、保険医療機関や保険医等が適切な保険診療を行っているか、保険診療の質向上及び適正化を図ることを目的として、「指導及び監査」を受けることが規定されています。従って、指導は保険医療機関・保険医のすべてが対象となっていて、保険医療機関で働く職員、特に保険請求を行う事務職員にとっても知っておくべきルールとなっています。
指導の種類は?
指導・監査にはいくつかの段階があり、「新規個別指導」「集団的個別指導」「個別指導」「監査」があります。
また、よく似たものに、「適時調査」というものがありますが、これは、施設基準の届出をしているものが適正に運用されているかどうか、を診るためのものです。「適時調査」の内容については、別のコラムでも記載していますので、ご興味がある方はそちらをご覧ください。
※「適時調査」のコラムはこちら ⇒「教えて!適時調査って何ですか?」
新規個別指導
「新規個別指導」は新たに保険医療機関の指定を受けた保険医療機関を対象に、個別に面談方式で行われます。保険医療機関の指定後約半年から1年以内に実施するとされています。目的は、保険診療を始めて間もない先生方が「保険診療」を理解し適切な請求を行っているかどうかを確認するためのもので、もし誤った理解があれば、早期に改善して適切な「保険診療」を行うことを求められているものです。
対象のレセプトがあり、診療所では約10名分(病院では20名分)のカルテを指定されます。そのカルテの中に記載されている内容を見て、適切かどうかの判断をされます。対象のカルテは、指導日の1週間前に通知することとされています。
集団的個別指導
「集団的個別指導」は、レセプトの平均点数が高い医療機関や指定更新の医療機関が対象となり、講義・講演形式で厚生労働省から毎年発出されている「保険診療の理解のために」に基づき、保険診療を適切に行うための勉強会のようなものです。こちらの内容もコラムに記載していますので、そちらを参考にしてください。
※「集団的個別指導」のコラムはこちら⇒「教えて!集団的個別指導って何ですか?」
個別指導
前述した「新規個別指導」「集団的個別指導」を理由もなく欠席した場合は、個別指導に移行されます。他にも、個別指導の選定基準がいくつかあります。「集団的個別指導」で、前々年度、前年度と2年以上高点数が続くものは、上位から個別指導に移行するといわれています。また、「新規個別指導」で「再指導」の場合や「経過観察」で改善が見られないものも個別指導の対象となります。この外、患者や審査支払機関からの情報提供があった場合に厚生局が必要であると判断した場合も個別指導の対象となります。
保険診療はある意味「公定価格」が決められているわけなので、極端に高額なレセプトがあると何か保険請求上問題があるのでは・・・?と疑われることにもつながってきます。
審査支払機関からの情報提供というのは、査定を受けていても、何の対処もせず漫然と請求を続けていることも報告される場合があります。「査定」はある意味保険診療上の問題を指摘されているものです。必要がある内容は適切に再審査請求(疑義申請)をだし保険診療の正当性をアピールしていくことも必要ではないかと考えます。
監査
「監査」は保険医療機関等の診療内容や保険請求について、著しい不当が疑われる場合や前述の個別指導の結果「要監査」とされた医療機関に対し、的確に事実を把握するために行われるものです。レセプトによる書面調査や患者等に対する実地調査に基づき行われ、監査後の措置は診療報酬の返還や行政処分等が決められます。時々ニュースになる「不正請求による〇億円の返還」や「保険医療機関の取消」「保険医取消」等の処分があり、非常に厳しいものです。
私自身監査を受けた経験はありませんが、診療報酬の返還は5年間にさかのぼって行われ、被保険者が支払った一部負担金の返還指導も行われるとされ、膨大な労力もかかると聞いています。
新規個別指導での実際
それぞれの医師会等で、「新規個別指導」や「個別指導」の前に模擬指導が行われることが多いようですので、医師会等に相談されるのが良いと思いますが、どのような流れでどのような指導が行われるか、ここで少しお話ししておきたいと思います。
新規個別指導の通知~指導まで
指導日の約1か月前(3週間程度の場合もある)に医療機関あてに厚生局から通知文書が送られてきます。通知の内容としては、個別指導の目的、実施日・時間、指導に際して準備するもの等が記載されています。何らかの理由がある場合は、日程の調整等で相談することは可能なようです。
事前の資料送付が必要なものは、指定された期日までにメール等で送付することになります。
また、指導日の1週間前に対象患者さんの名簿が送られてきます。電子カルテの場合、当日までに印刷をして持参することになります。
指導当日
指導は、「保険指導医」と事務官(書記)が対応されます。また、医師会に所属されている先生の場合ですと、医師会の先生が立会人を務める場合が多いようです。
クリニック側からは、院長(開設者・管理者)と保険請求を行う事務員の立会いを求められる場合が多いようです。
「保険指導医」から、対象レセプトをもとにカルテの記載内容が確認され、診療報酬等の内容について質問等が行われ、結果に基づき、指導等が行われます。立ち会った事務員さんも指摘事項等に関してはメモを取り、内容を把握されることをお勧めします。指導時間は約1~2時間程度と聞いています。
指導の結果
個別指導の結果後は、次の4つが通知されます。
(1)概ね妥当・・・診療内容及び診療報酬の請求に関し、概ね妥当である場合
(2)経過観察・・・軽微なもので改善が期待できる場合
診療内容又は診療報酬の請求に関し、適正を欠く部分があったものの、内容が軽微で診療担当者等の理解も十分得られており、かつ、改善が期待できる場合。ただし、経過観察の結果、改善が認められない場合は、再指導を行う場合があるようです。
(3)再指導・・・再度指導を行わなければ改善が判断できない場合
診療内容又は診療報酬の請求に関し、適正を欠く部分が認められ、再度指導を行わなければ改善が判断できない場合などは、1年後等に再指導が入ります。また、不正又は不当が疑われ、患者から受療状況等を確認聴取が必要と考えられる場合は、速やかに患者調査が行われ、その結果をもとに再指導が行われる場合があります。この結果明らかに不正や著しい不当が行われたと判断された場合は、再指導を行うことなく「監査」に移行する場合があります。
(4)要監査・・・監査要綱に定める監査要件に該当すると判断された場合
個別指導中に診療内容又は診療報酬の請求について、明らかに不正や著しい不当が疑われる場合は、指導を中断し直ちに監査に移行することもできます。「これから監査に切り替えます」と宣言されるそうです。
個別指導での主な指導内容
指導を受けた先生方にお聞きした内容及び厚生局や医師会が出されている者から、抜粋して記載します。
カルテの記載について
カルテに記載していないものは「なかったもの」とみなされます。所見を書いていなければ、「無診察」と判断されますので注意しましょう。
①レセプトとカルテ内容の不一致・・・傷病名や転帰、レセプト病名等
診療開始日(初診時)の記載事項や外傷等による部位がかかれていないことにより医師の診療がないことを疑われている場合があります。SOAPに沿って書くことをお勧めします。
また、レセプトに記載されている病名とカルテの中に記載されている病名の不一致や傷病名とカルテの診療内容の不一致なども指摘をされているケースがあります。
②病名の問題・・・病名の整理ができていない、レセプト病名がある等
すでに治療が終了している場合、特に急性疾患の病名が長期にわたっていること、主病名がいくつもついているなど、指摘されています。
また、医学的根拠がない病名がついていることの指摘・・・つまり検査等により診断すべきものに対して検査等をせずに診断しているということを指摘されている事例があります。
③慢性疾患患者さんの診療内容の不備・・・カルテ記載が少ないことへの指摘
定期的に通院している慢性疾患の患者さんの場合に、「薬のみ」「注射のみ」「Do」等の記載しかなく、指導管理料の指導内容の要点等の記載がないにも関わらず、算定をしている事例の指摘などもあります。また、ある医療機関では、心電図や胸写、腹単の所見がないことを指摘され、返還している医療機関もあります。注意が必要ですね。
傷病名について
医師が傷病名の診断をしていないのではないかという指摘を受けた医療機関がありました。
その根拠は、レセプトのみに病名が記載され、カルテの中に所見や傷病名の記載がなかったことにより指摘されたようです。診療実日数1~2日で傷病名が8~10病名あり、健康診断を疑われたケースも聞いています。カルテ等には、患者さんの主訴、先生の所見、そして、必要な検査指示していく必要があります。
具体的な個別指導の指摘事例
①書類の記載不備
入院診療計画書、リハビリテーションの実施計画書、診療情報提供書、など、記載要件にあるものが記載されていない、等があります。・・・特に診療情報提供料については「診療情報提供書」ではなく「受診のお知らせ」のはがき等で算定されているケースが指摘されています。
②医学管理料・在宅医療
検査結果に基づき指導するものなどの検査数値の記載がなく指導の根拠がないものや、具体的な診療計画がなく、また、指導内容も画一的であるという指摘があります。
私がお聞きした中では、「悪性腫瘍特異物質治療管理料」を算定しているけれど、腫瘍マーカーの数値が記載されていない、結果に基づいて治療されていないのではないか?というものがありました。
③検査・画像診断
画一的な検査が実施されている・・・例えば初診患者すべてに、特定の検査や画像診断を実施していることや、検査の必要性や指示、結果及び結果に基づく医師の評価が書かれていない、という指摘が多いです。ある医療機関では、心電図と胸写の所見がないという指摘で、5年分さかのぼり自主返還したという事例もあります。別の医療機関では、生化学検査に対し「セットA」「セットB」という記載があったが、「①セット検査の内容がわからない、②患者の状況に合わせ個別に指示を出すように」、という指摘の事例があります。こちらの医療機関では患者さんの状態に合わせ、10種類程度のセット検査があり、指示を出す際の判断を説明されたようで、カルテ内でセット検査がわかるよう、記録を見直すように指導されただけで済みましたが、医療機関によっては、「不適切な指示」として、注意を受けたようです。
④投薬・注射
慢性疾患等で定期的に投薬や注射を継続している場合など、カルテの記載のところでも書きましたが、「所見」がないため、実際に診察をしていても、診察がないと判断された事例もあります。無診察診療は保険診療以前の問題にもなりますので、所見や指示は意識して記載しましょう。
また、用法用量・投与期間などにも縛りがあるものや、コメントが必要なものもありますが、カルテの中にも根拠の記載が必要ですから、注意しましょう。
⑤処置・手術
処置等で多いのが、創傷処置や皮膚科軟膏処置の部位や範囲の記載漏れ、2回目以降のカルテ記載が少ないことなどです。
電カルの場合など、個別の「診療報酬点数の項目名」を書くように設定されるなど、肝心な部位や大きさ等の記載が漏れている事例が指摘されています。
掲示物や実績は把握できていますか?
クリニックですと「明細書発行体制加算」や「時間外対応体制加算」など、掲示要件がある診療報酬の項目がありますが、医療機関の中に掲示はできていますか?
診療報酬改定の都度、内容が少しずつ変わっているものもあります。
案外指摘が多いのが、「保険医療機関」や「保険外負担(自費徴収)に関する事項」の掲示がないことや、「医療情報ネット」で検索できることの掲示を求められるケースも出てきています。今後はホームページ上での掲示も求められてくるかもしれません。
まとめ
開業されて、初めての「新規個別指導」では、保険診療の基本的ルールが理解され実施されているか、ということを確認するために行われます。診療現場に立ち会い、どのように診療しているかを確認するわけにはいかないので、「カルテ」の記事により確認されることになります。それは、カルテが保険診療を行う上で「保険請求の根拠」になるからです。保険診療のことはわかっているつもりだったけど・・・といわれる先生方、また、釈然としないといわれる先生方もおられますが、保険診療を行う以上、「健康保険法」等の法律や「保険医療機関及び保険医療養担当規則」に則った診療を行っていく必要があります。保険請求事務を行う方も、同様です。
ここで見てきたように「個別指導」は指導するのは「医師」です。
「医師」が「保険診療のルールに照し合せ、適切な医療提供が行われているかどうかを確認し、状況に応じて指導を行う」ということになります。
このコラムをお読みいただく先生方、事務の方は、もしかしたら個別指導の案内を受けた医療機関の方かもしれません。カルテは医師のメモ(備忘録)ではありません。これを機会に、カルテの記載や保険診療のルールを見直してみませんか?
<参考資料> ・・・確認日R5.12.25
■厚生労働省/保険診療における指導・監査
https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryouhoken/shidou_kansa.html
2024年1月4日
著者紹介
- 医業経営コンサルティング部 医業コンサル課 シニアコンサルタント
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